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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)2970号 判決 1966年4月23日

原告 田中昊

被告 株式会社加藤電機製作所

主文

被告は原告に対し二三、七四九円およびこれに対する昭和三四年四月二九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

この判決は、第二項を除き、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し六一四、〇八〇円およびこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

第二、請求原因

一、原告は昭和一六年二月二一日被告会社に入社したが、昭和三三年五月二〇日被告会社は原告に対し企業整備の理由をもつて解雇の意思表示をした。

二、被告会社は、右解雇にともない原告に対し、退職金として五三〇、三三四円、解雇予告手当として二一、五〇六円を支払うべきであるのにかかわらず、その支払をしない。

右退職金および予告手当の詳細は、次のとおりである。

1  退職金

(一) 被告会社の退職金規定第二四条第二号によれば、従業員が事業上の都合により解雇された場合には退職金を支給する旨定められ、その額は同第二五、二六条により解雇時の基本給(月給者は日給に換算した金額)に常傭従業員として採用された日から解雇時までの勤務月数に三、〇を乗じた金額とする〔3.0×(基本給)×(勤務月数)=退職金〕ものとされている。

(二) ところで、原告の解雇当時の月給は二一、三五〇円であつたから、右基本給は、これを給与規定第一〇条の日割計算の方式に従つて計算すると月給の二五分の一すなわち八五四円となる。

しかしてその勤務期間は二〇七ケ月分であるから、前記算定方式により算定すれば、原告の退職金は五三〇、三三四円(3.0×854円×207=530.334円)である。

2  解雇予告手当

原告が解雇の日以前の三ケ月である昭和三三年三月から五月までに受けた賃金の総額は、三月分(二月二一日から三月二〇日までの二八日分)三三、九〇一円、四月分(三月二一日から四月二〇日までの三一日分)三三、四二二円、五月分(四月二一日から五月二〇日までの三〇日分)三三、四二一円計八九日分一〇〇、七四四円である。したがつて平均賃金は一、一三一円九〇銭となり、解雇予告手当は、労働基準法第二〇条により三三、九五七円以上となる。

よつて、そのうち一九日分二一、五〇六円の支払を求める。

三、つぎに、被告会社は、原告に対し、昭和三二年五月から同三三年三月までの在職当時の時間外労働手当ならびに休日労働手当の残額四四、六一六円を支払うべきであるのに、未だにその支払をしない。

その日時、時間数、一時間当りの単価等の詳細は、別紙(一)「時間外労働手当・休日労働手当一覧表の一」記載のとおりである。

なお、右時間外労働手当は給与規定第六条第一項イにより一時間あたり基準賃金の二割五分増とされ、休日出勤手当も同項ハにより時間外手当に準ずるものとされており、右各手当の基準賃金は同第一一条により月給者にあつては「基準賃金=(本給+物価手当)÷(8日×25日)」とされている。しかしながら、労働基準法第三七条、同法施行規則第二一条によれば、皆勤手当も前記各手当の基礎となる賃金に算入すべきである。したがつて、(一)昭和三二年五月から同年九月までの分の一時間当り単価は、一七五円〔(基本給21,000円+物価手当4,200円+皆勤手当2,730円)×1.25/200=175円〕、同年一〇月から同三三年三月までの分のそれは一七八円〔(基本給21,350円+物価手当4,270円+皆勤手当2,775円)×1.25/200=178円〕となる。

四、よつて、右退職金、解雇予告手当および時間外労働手当ならびに休日労働手当合計六一四、〇八〇円およびこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告の認否

一、第一項中、原告の入社年月日は認めるが、その余は否認する。原告は昭和一九年一たん退職し、昭和二一年七月頃再入社したものであるが、被告会社が倒産に瀕しかけた頃からたびたび辞意を表明し、被告会社東京本社事務所の閉鎖直後である昭和三三年五月三一日をもつて任意退職したものである。

二、第二項中

1  1の事実は、(二)の解雇当時の月給の額は認めるが、その余はすべて否認する。被告会社には、退職金規定は実在しない。すなわち、原告の援用する退職金規定とは、もつぱら税務署に提出するための書類として形式上作成された仮空のものにすぎず、また時に応じ退職者に退職金を支給したことはあるが、もとより退職金規定に基づくものではない。

2  2の事実中、四、五月分の賃金の額は認めるが、三月分は争う。三月分の賃金は二八、九〇一円である。

なお、原告は前記のように任意退職したもので、解雇されたのではないから、解雇予告手当を請求することはできない。

三、第三項中、日時、時間数、一時間当りの単価等の詳細についての認否は、別紙(一)の「認否」欄記載のとおりである。

なお、時間外労働、休日労働手当はすべて支払済みであり、残額はない。

第四、証拠<省略>

理由

一、解雇について

原告は昭和三三年五月二〇日被告会社の企業整備により解雇されたと主張し、被告は原告は同月三一日任意退職したものであると主張する。

原告本人の供述によれば、甲第一号証の「解雇通知書」は、その日付の頃被告会社の事務員中村アキ子が原稿に基づきタイプ浄書した書面に被告会社代表者加藤治喜がみずから社印および代表者印を押して作成したものであることが認められる。

被告代表者本人の供述中には、同人は甲第一号証に押印したことはない旨の供述があるが、同人の供述によれば、右解雇通知書の各印影はそれぞれ被告会社の社印および代表者印によるものであること、被告会社が企業整備により五月二〇日付で従業員全部を解雇する旨決定した五月一七、八日頃は、右社印および代表者印は前記代表者加藤または経理課長代理西垣修が保管していたことが認められるから、同人ら以外たとえば原告などが使用できるような特別の事情が認められない以上、前記代表者の供述は容易に信用できない。

このようにして真正に成立したと認められる甲第一号証および原告本人の供述によれば、原告は昭和三三年五月一九日付解雇通知書により、同月二〇日限り企業整備を理由に解雇する旨の意思表示を受けたことが認められる。右認定に反する証人西垣修の証言および被告会社代表者本人の供述は信用しない。

ところで、労働基準法第二〇条によれば、使用者が労働者を解雇しようとする場合において、三〇日前にその予告をするか、それとも所定の予告手当を支払つて即日解雇するか、この二つの方法のいずれをとるかは、もつぱら使用者の選択にまかせられている。そこで使用者が解雇の予告であるとも言わず、また予告手当の支払もしないで解雇の意思表示をした場合には、その意思表示をどのように受取るかは労働者の選択にまかされていると解するのが相当であるから、労働者は解雇の予告がないとしてその無効を主張することもでき、また解雇の無効を主張しないで予告手当の支払を請求することもできるというべきである。けだし、このように労働者が解雇の有効無効を決定することにより、毫も労働者の保護に欠けるところはないと考えられるからである。

いま本件について考えるに、本件解雇の意思表示は、被告が前記二つの方法のうちそのいずれを選択したかは明確でないから、原告としては右二者のいずれかを選択して主張することができるものというべく、弁論の全趣旨によれば、原告は本件解雇の意思表示は前記解雇通知書のとおり効力を生じたものとして認め、かつそれを主張していることが明らかである。

二、退職金について

原告は右解雇当時被告会社には退職金規定が存在していた旨主張するので、まずこの点について判断する。

原告本人の供述中には、昭和二三年頃被告会社三島工場の従業員で組織された全日本機器労働組合静岡支部加藤電機分会からの申入れにより、甲第三号証の三に記載されたとおりの退職金規定が定められ、同規定は本件解雇当時も有効に存在していた旨の供述があるが、この供述は容易に信用することができない。すなわち、成立に争いのない甲第三号証の一ないし三および被告会社代表者本人の供述によれば、甲第三号証の三は、昭和二六年一二月から翌二七年一一月までの第一三期決算に際し、当時経理担当者であつた原告が代表者加藤の了解をえて、計理士と利益金の一部を退職積立金名義で損失金として計上することを企て、税務署に対する関係においてこれを糊塗する目的で、あたかも退職金規定が実在するかのように記載して作成したことが明らかである。また、成立に争いのない乙第一ないし第五号証、代表者本人の供述により成立の認められる乙第九および第一〇号証に同人の供述を総合すれば、被告会社には昭和二八年七月一日就業規則が改正施行されて以来本件解雇当時まで退職金規定は全く存在していなかつたこと、すなわち、右就業規則施行当時従業員間に退職金規定制定への要望があつたが、被告会社としては退職金は支給当時の経営状態に従つて算定すべきものであるという理由で、規定を設けないまま、昭和三一年頃までは退職者の勤続日数、退職事由を勘案して適宜支給していたが、昭和三二年五月以降本件解雇当時まで、各従業員の給料の三パーセントに相当する額を被告会社が、一・五パーセントに相当する額を本人がそれぞれ預金する退職積立金制度が設けられ、退職金は右預金によつてまかなわれており、とくに退職金規定として別段の定めはなかつたことが認められる。

右認定に反する原告本人の供述は採用できず、他にまた原告主張の退職金規定の存在を認めるべき証拠はないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

三、解雇予告手当について

一、において説示したとおりの理由で、本件解雇の効力を争わない原告は、予告手当の支払を請求することができるというべきである。

成立に争いのない乙第七号証の一によれば、原告が受けた昭和三三年三月分の賃金は二八、九〇一円であることが明らかであり、同年四月分が三三、四二二円、五月分が三三、四二一円であることは被告の認めるところであつて、右各月分に対応する日数も被告は明らかに争わないので自白したものとみなされるから、原告が本件解雇の日以前三ケ月間に支払を受けた賃金の総額は九五、七四四円、その間の日数は八九日となる。したがつてその平均賃金は労働基準法第一二条により一、〇七六円(円未満四捨五入)となり、予告手当は同法第二〇条により三二、二八〇円となるから、被告は原告に対し右金員を支払うべきところ、原告は右金額の範囲内で二一、五〇六円の支払を求めるので、被告は原告に対しこれを支払う義務がある。

四、時間外労働手当、休日労働手当について

1  成立に争いのない乙第二号証(給与規定)によれば、被告会社における時間外労働手当は一時間当り基準賃金の二割五分増とされ(第六条第一項イ)、休日出勤手当もこれに準ずるものとされており(同項ハ)、右手当の基準賃金は月給者にあつては本給に物価手当を加えたものの二〇〇分の一と規定されている(同第一一条)。次に成立に争いのない乙第七号証の一ないし一一によれば、昭和三二年五月から同三三年三月まで毎月皆勤手当が支給された事実が認められる。

ところで労働基準法第三七条、同法施行規則第二一条によれば、皆勤手当も時間外、休日の割増賃金の基礎となる賃金に算入しなければならないから、被告会社は前記給与規定にかかわらず、皆勤手当を前記手当の基礎となる賃金に算入して計算した時間外労働手当および休日労働手当を支給すべきである(同法第一三条参照)。しかして前記乙第七号証の七ないし一一によれば、昭和三二年五月から同年九月までの毎月の基本給は二一、〇〇〇円、物価手当は四、二〇〇円、皆勤手当は二、七三〇円であること、同号証の一ないし六によれば、昭和三二年一〇月から、翌三三年三月までの毎月の基本給は二一、三五〇円、物価手当は四、二七〇円、皆勤手当は二、七七五円であるから、前記認定の基準賃金算定の方式に右皆勤手当を加えて時間外労働手当の一時間当りの単価を算出すると〔(基本給+物価手当+皆勤手当)×1.25/8×25〕、昭和三二年五月から同年九月までの分は一七五円、同年一〇月から翌三三年三月までの分は一七八円となる。

2  原告は別紙(一)「時間外労働手当、休日労働手当一覧表の一」記載のとおり残業または休日出勤をし、その時間数は「時間数」欄記載のとおりであると主張する。

この点についての証拠として提出された甲第四号証の一ないし一一は、原告本人の供述によれば、被告会社に保存されている原本に基づき作成されたものではなく、原告が自己の懐中手帳の記載によつて被告会社の「出勤簿兼賃金計算簿」用紙を使用して作成したことが認められ、しかもその正確性は保証の限りでないことを原告みずから認めていることが明らかであるので、同号証をもつて原告主張の時間数認定の資料とすることはできない。

しかしながら、被告は前記一覧表「認否」欄記載のとおり原告主張時間数の一部を認めているので、当事者間に争いのない時間数に従つて時間外労働手当、休日労働手当を算出すると別紙(二)のとおりである。

被告は原告に対する時間外労働手当、休日労働手当はすべて支払済みであると主張するが、乙第七号証の一ないし一一によつては皆勤手当が基準賃金の基礎に算入されていないことが明らかであるから、これを認めることはできず、他にまた右主張事実を認めるべき証拠はない。

してみれば、被告は原告に対し、別紙(二)の支給すべき額二二、四七七円から既に支給した額二〇、二三四円を差引いた残額二、二四三円を支払う義務がある。

五、むすび

以上によれば、原告の本訴請求は、予告手当並びに時間外及び休日労働手当残額を加算した二三、七四九円及びこれに対する訴状送達の翌日で遅滞後であることが明らかな昭和三四年四月二九日以降支払済みまで年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橘喬 吉田良正 三枝信義)

(別紙省略)

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